腹筋な日々!

大航海時代オンラインのNotosに生息する「時代遅れのヴァイキング」ヴィッキー・ジントックの毎日と、彼の所属商会『Einherjar』の興亡の記録

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2006/12/02(Sat) 21:35
うぉっす、中の人がようやくマレーシアから日本に帰ってきたヴィッキー・ジントックです。
秋口から唐突に仕事量が尋常だないことになり、ブログの更新も滞ってるオレだが、(ラジオを休むかそれともブログを書くかってなくらいの感じだ)

んなわけで、すっかりリアルタイム性はなくしているるが、これだけは書いておかなきゃならねぇ。

この秋、腹筋企画を支えてくれた2人の少女が海を去った。
その理由の全貌は解らない。
だが、感謝の思いを込めて2人の思い出を語ろう。
この企画自体がオレの感傷以外のなにものでもないだろうが、前に進むためにもこれは書かずにはいられねぇ。

これを書き始めてから1月近く。
なんども下書きを見直しては首をひねり、何度も書き直した。

いろいろやったが、どうもまとまったり、綺麗な文章にはできそうにない。
だから、この際、オレの思いをできる限りそのまま書くことにした。
解りにくいところや、見苦しいところはご勘弁だ。

オレがその少女カエデ・ウェンバーンと初めて出合ったのは昨年の世界腹筋ツアーの4日目
ダブリンでの公演のことだった。
その日、ダブリンでオレは偶然にも、その後芸の師匠として師事することになるの前で公演をしていた。

その時、オレに近づいてきて応援してるよと話しかけてきた赤いモラの少女がいた。

カエデとの出会い


その少女こそカエデ・ウェンバーンだった。
正直、ツアーをはじめたばかりのオレは嬉しかった。
今と違って、オレのことを世界の誰もが知らない状態だったから、誰かがオレのことを知ってくれることが素直に嬉しかった。

でもそのときは、演目もなかったし、公演をこなすだけでいっぱいいっぱいだったから、カエデが遠くからダブリン公演を眺めてくれていたことはずっとあとで知ったことだった。

この日はオレは8港を回るという相当に無茶なスケジュールで回っていた。
で、当然公式なんてチェックしているわけもなく、アムステルダムで公式イベントをやっているなんて知らなかった。
オレがアムスに到着した時はその真っ最中というタイミングの悪さ。
初の首都公演だというのに全然観客を集められない手際の悪さに「我ながらこの先が思いやられるぜ」と思いながらはじめた公演だった。

で、その完全に裏番組的公演中に再びカエデは駆けつけてくれた。
オレの公演を楽器を弾きならしてBeBeやギター弾きとともに盛り上げてくれた。
音楽に乗ってダンスしながら盛り上がるという腹筋公演の今に繋がる流れはこの日誕生したと言っていい。
それだけに、オレにとっては思い入れのある公演になった。

その後1週間オレは地中海の港を片っ端から公演して回った。
そしてお盆明けのある日、休日を使ってカリブの港を一気に回ってしまおうというスケジュールを立てたオレは夕刻にラスパルマスを出航し、カリブの港すべてで公演してマディラに回ってきた。

この日、マディラではオレの帰りを待ち伏せしていたダーク腹筋や、オレの帰りを待っていてくれた多くのサポーター達がいた
そんな多くの観客の中に、赤いモラの少女もいた。

あの盛り上がったアムステルダム公演を思い、是非とももう1回会いたいなと思ってただけにオレは嬉しかった。

そしてものすごい偶然にもこの日HRRが偶然公演中のオレを襲撃。
世紀の腹筋対決を繰り広げられた。
それをギターをかき鳴らして盛り上げてくれたのがカエデだった。

その後、HRRとの付き合いは今日、一緒にラジオをやるとこまで続いているわけだから、この公演も大きな転機となった公演だった。
こうしてオレの転機となる公演に2度もカエデは駆けつけてくれたことになる。

その後、オレは東地中海から北アフリカを公演して回った。
ギザピラミッド前で行ったカイロ公演、ヨーロッパ海域と別れを告げるアルギン公演とカエデはその後も頻繁に駆けつけてくれた。

当時、東アフリカ方面の入港許可がないこと。
レベルの関係で単独移動が難しい(当時カエデはピンネース級に乗っていた)こともあって、その後1週間は会うことができなかったが、ツアーの後半で少し疲れ始めていたオレに応援のTellをくれて勇気づけてくれたことが忘れられない。

そして2005腹筋ツアー最終日前日のアルギンにカエデはやってきて出迎えてくれた。
翌日のグランドファイナル公演に向けて、エステバンと練習してきた腹筋音頭の感想をもらったり、ツアーの思い出を話したり、旅の終わりを強く意識するとともに、カエデ同様に駆けつけてくれたきりんさんを交え、楽しい時を過ごした。

2005ツアー最終日より


そして、翌日マルセイユ公演でオレはダーク腹筋を倒し、2005ツアーは大成功のうちに幕を降ろした。
自分でも予想しなかったツアーの成功にこのうえない喜びを感じるとともに、旅が終わったらオレはどうすんだろうな。どうなんだろうな。という不安も心をよぎっていたのは確かだ。

ツアー終了後から数日は、その週末にツアー終了記念として行われた腹筋祭まではツアーのテンションそのままに駆け抜けたが、このあとオレどんなことしてくんだろうなというのが自分でも解らないでいた。(なんかやる気だけはあったんだが!)

だが、その疑問もすぐ氷塊した。
腹筋祭の後、タレッテで艦隊を組んでインドに行くなんて企画が唐突にスタート。

その企画に乗ってくれたのが、カエデであり、きりんさんだった。
(原因を作ったらくだ姐さんとエステは強制参加だったが)

カリカットで語るオレとカエデ


タレッテでオレたちは2日かけて、インドカリカットにたどり着いた。
そして到着した後、オレはきりんさんとカエデと話しをした。
お互いに「なんでこのゲーム始めたの」とか「今までどんなゲームやってた」ってな他愛のない話だったけど、そんな折りなんで腹筋ツアーをしたの?って話になった。
オレは「世界でオレにしかできないなにかをしたかった。世界に埋没したくなかった。ヒーローになりたい。誰かに信じて欲しい。信じてくれる連中の期待に応えたい」という偽りのない気持ちを切々と語った。
そのオレの思いを2人は解ってくれた。
オレたちが本当に仲良くなったのはあの時以降かもしれない。

その後は、水瓶さんを巻き込んでの真・ダーク腹筋編スタート。
マディラでの壮絶な決戦の後は、タレッテツアーの仲間やサポータ達とヴェネツィア収穫祭に乗り込み、レース命名権をオレが腹筋祭の余剰金15M落札して姐さんの怒りを買い、イベント資金をカエデが管理してくれることになった。

これが(株)腹筋企画の起こりだ。

カエデの中の人がさんざん飲んで帰ってきて、すっかり気持ちよくなってさんざんくだを巻いた後、ヒホンで寝オチしたところを襲撃したなんていうこともあった。
この頃から、出会ってから明らかに遠慮や人見知りがあったカエデがずけずけ物を言うようになった。
そしてそれと同時にカエデはオレたちのコミュニティの中でご意見番として、アドバイザーとしての立場を確立していった。

弁護人カエデ

隠し子疑惑で起訴されたオレを弁護するカエデ

その後、きりんさんが腹筋保育園の立ち上げた。その後、腹筋保育園→ロンドン保育園→アムステルダム保育園とこの商会は名変、移転をしていった。
オレは腹筋同盟が腹筋やバカなことをする商会ではないという矛盾から、ジントックで一緒に商会をすることができず、この商会に2ndで参加。
腹筋一座の2ndが主に在籍する商会となった。
カエデは商会の事務長として、商会ショップを魅力的なものにしてくれた。定期的に納品して目玉商品を作ってくれた。保育園のショップにある程度の注目が集まったのはひとえにカエデの力による部分が大きい。

お料理公演でのカエデ


そして腹筋企画の会計として、ハロウィン、クリスマス、1周年3サーバー公演と、オレが持ち込んださまざまな企画をフォローしてくれた。
実際、大型公演はカエデの尽力がなければできなかった。

1周年記念公演でのカエデ


だが、春あたりからカエデはなにかに悩むようになっていた。
いったん休止しようとしたり、商会をやめようとしたこともあった。
原因の一部は解ってるが、根本的なところはなんだったのか当然解らない。
だが、なんらかの煩悶があったことは間違いねぇんだと思う。

でも、オレはその後もいつもと変わらない態度でカエデに接し、相変わらず彼女の厚意に甘えて生活していた。

HRR100人組み手ファイナルでのカエデ


そして2006年ツアーの目玉となる3サーバツアーでも、カエデはNotosのほぼ全公演に駆けつけ、公演を盛り上げてくれた。
楽器を買い忘れたオレの分もいつも余分に買ってくれて本当に助かった。

2006夏ツアーラスパルマス特別公演でのカエデ


Dancing a Dice のスタッフをするカエデ



そして9月。
中の人の仕事が火を噴きはじめ、オレは毎日のように居眠りをしながらゲームをした。
そして前々から計画されてきたセビリアテント街バザー。カエデが立ち上げたこの企画がいよいよ実行に移された。
オレは実行スタッフの1人だった。
公演とかゲームとか交えてもっといろいろやろうと思ったが、仕事でぐしゃぐしゃになって結局、オレが簡単な射的ゲームをやるだけに留まったが、たくさんの店をみんなが出してくれたおかげで異国情緒溢れる賑やかなお祭りになったと思う。

カエデセビリアテント街バザー

カエデの最後のイベント “セビリアテント街バザー”にて

そしてこの日以降、カエデは積極的な活動はせず、街の中で放置状態になっていることが多くなった。
あのときには、きっとカエデの中ですべてが決まっていたのかもしれない。

そして9月も半ばを回り、最近モチベーションの持って行き場を失いかけてきたってきりんさんが休止することとなり、みんなで南米のサンアントニオまで行こうという話になった。
そこには久々にカエデもやってきた。
カエデは出会った頃のトレードマークだった赤いモラにピューリタンハットをかぶり、足にはアラビアンシューズを履いていた。

カエデとの最後の旅


かつてのタレッテツアーを思い起こすのんびりとした旅。
最近はリアルの忙しさと、ゲーム中であれもこれもやらなきゃってことに追われ続け、ゆっくりとしたこんなオレ達本来の時間を忘れていた気がする。

カエデとの最後の記念撮影

そしてこれがカエデとの最後の記念撮影となった。
いつものポジションで存在を誇示するでもなく、きっちりと写るカエデ。
今回、このエントリを書くのに、過去のSSをひっくり返して気づいたが、カエデは画面の中心や目立つところで写っているSSはほとんどない。
にも関わらず、いるときは大半のSSに写り込んでいた。
このあたりの存在感は見事なものがあった。
いないと困るけど、いる時はそうもいることを感じさせないというポジションを確立していたんだろうなと今しみじみと思える。

そして、きりんさんとの名残を惜しみつつ、一人、また一人と落ちていくなか、最後のサンアントニオまでたどり着いたオレたち。
だが、サンアントニオの港にカエデは上陸しなかった。
そのままアルゼンチン海盆へと向かい、赤いモラの少女はオレたちの前から永遠に消え去った。

カエデのキャラデリートはもの凄いショックをみんなに与えた
正直、オレだってショックはあった。
でも、オレはこの件に関してカエデに不満を言ったり、文句を言ったりする気はまったく起きなかった。
結局キャラデリートをするなんていうのは、その本人が決めることだし、そこに至るまでにどんなことがあったかは本人しか解らないわけだから、その判断になにか言いたくねぇっていうのがまずある。
そして、カエデから貰ったものはあまりにも大きかった。
今日、この瞬間をオレがいまこの状態で迎えられてるのは少なからずカエデのおかげで、恨めしいとかいうネガティヴな気持ちは起きてこなかった。感謝の気持ちしかそこには残っていない。
なにより、逆の立場にならなくてよかったって気持ちがある。
オレが煮詰まりきってやめていく姿を見せなくてすんでよかったと、心の底から思っている。

翌日、オレは腹筋企画の資金の引き渡しにZにインしたカエデに会った。
もうすでにNotosでキャラデリをしていることもある。そこまで決意している以上、もう引き留める気はなかった。いや引き留めとかしちゃいけねぇんだろうなと思った。
きっといまここにいるカエデは日が沈んだあとの残照のようなものなんだろうなと感じていたのかもしれない。

だからってわけじゃないけど、最後に今までの感謝の気持ちを伝え、そして2つ尋ねた。
「オレはお前の期待に応えられたか?」と。

正直、一言では答えにくい問いだったが、カエデは「できるかぎりやれたんじゃないかな」と言ってくれた。
その言葉で、オレは救われたような安心したような気持ちになった。

そしてもう1つ。最後の問い。
「前に人間自分の手が届くことしかできないってカエデは言ってたが、オレは手の届かないものばかり追いかけている。それはダメか?」

「あれはその人用に言ったことだから、腹筋王は今のままでいいと思うよ」
それがカエデに最後にもらったアドバイスだった。
もっと留まって、いろいろ話せたかもしれない。

またな、カエデ


でもこれ以上留まっていると、頭では解っていても感情的になってしまったかもしれない。涙を見せてしまうかもしれない。
オレは信条の通り、さよならだけは最後まで言わず、精一杯強がってその場を後にした。
救いはある。
カエデはキャラは消したが、このゲームをやめる気はないという点だ。
オレがなにかしてればいつか出会えるかもしれない。
少なくともオレがなんかやってるな。元気だなということをカエデに伝える方法は残っている。
だから完全にすべてが終わったわけじゃないんだと、オレはどこかでそんな風に納得していた。

オレはいつもその瞬間を全力で生きている。周囲からみたら意味わかんないことやバカなことだけでも後悔だけはしないで生きてきた。
だから後悔ではないが、一つだけ思うことがある。

もし、あのときしがらみに縛られず、カエデやきりんさんと1stのジントックで商会をやってたらどうなっていたのかな?どういう展開になったのだろうと思うこともある。
でも、きっとそんなことは考えても仕方がないんだろう。
オレ達の送ってきた1年余は意味があったことだと、いい時間だったんだと少なくともオレは思いたい。

あれから1月経ち、きりんさんのキャラデリ、オレの信条を貫ききるための仲間の別れなんてこともあって、今オレの調子はいいとは言えない。
でも、オレはこれからも七転八倒しながらもこの海で生きていく。
そしてオレが生きていく限り、あのギターをしょった赤いモラの少女を忘れることはないだろう。

だからもう1度だけ言うぜ。
カエデ、1年間ありがとな。お前にとってどうか解らないがオレは楽しかった。でもって、かけがえのないものをもらったよ。オレのかけがえのない友仲間にして、マイペースの冒険者-カエデ・ウェンバーン。
じゃあな。またどっかで会おうぜ。

神子上きりん編につづく

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プロフィール

ジントック

  • Author:ジントック
  • ヴィッキー・ジントック

    Notosサーバー 国籍ENGLAND(かぎりなく無国籍的だが)
    商会 ジェノバ「Einherjar」副代表

    職業 ヴァイキング

    オスロ生まれのノルウェーヴァイキングの末裔らしい。
    現在はイングランドに在住してるが、気分は11世紀のヴァイキング気取りで、ヴァイキングメイルと角突きヘルムを愛用。
    二言目には「ヴァイキングだからな」といって無茶なことをして周りを当惑させ続ける。
    腹筋マスターとして腹筋を普及すべく世界腹筋ツアーを遂行!
    その後も毎日はちゃめちゃに弾ける日々
    通称 Rising Baka

    腹筋バーナー


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